大阪現代舞台芸術協会会報
第二号
関西演劇人会議’03開催決定!
昨年10月29日、扇町ミュージアムスクエアにおいて関西演劇人会議’02が開催されました。
会場に集まった人々の忌憚なき意見の交換は白熱を極め、非常に内容の濃い会議となりました。会議の模様は今回の会報に報告として掲載させていただきました。
次回、’03は
「私たちは劇場をつくる
〜今ある劇場、なくなる劇場、そしてこれからの劇場〜」
2003年2月26日(水) 午後6時より
於 扇町ミュージアムスクエア
DIVE加盟劇団の皆様もぜひご出席下さい。
お手伝いボランティアスタッフも募集中です!
〜関西演劇人会議のこれまでの経緯〜
これまで関西演劇人会議は、過去94年と95年の二回行われました。
開催のきっかけは、阪神・淡路大震災を受けて、震災が演劇に与えた影響や、その対策について話し会うためでした。その後は、財政や人手的な理由もあって、開かれることはありませんでしたが、演劇に携わるものたちが集まって話をする、という行為が、京阪神劇場連絡会や京都舞台芸術協会、そしてこのDIVEが作られるきっかけの一端にもなりました。
今回、スペースゼロや近鉄小劇場、そして扇町ミュージアムスクエアなどの相次ぐ閉鎖状況にあたり、それぞれの会、それぞれの人々が集まって話をしよう、という趣旨のもとに、第三回が開かれ、第四回に続いていこうとしています。
●関西演劇人会議02報告●
2002年10月29日、関西演劇人会議02が開催されました(於 OMS)。今回の会議は、相次ぐ劇場の閉鎖という事態に当たり、一度集まって話をしようという呼びかけのもと、開催されました。
劇場閉鎖の事態のなか、「京都芸術センターの設立、NPO法人化、京都青少年の家有料化への抵抗」(京都舞台芸術協会)、「現状を危機として感じている人間がどれだけいるかを提示していく」(大阪のど真ん中に小劇場を取り戻す会)、「既存の劇場は今後どうしていくかが問題」(京阪神劇場連絡会)、「会の活動情報を開示して問題に取り組んでいく。現在、会報の発行やホームページ立ち上げ準備等を行っている」(DIVE)、と、それぞれの団体がそれぞれの立場、視点からこの事態に対して何らかのアプローチをしていることが明らかになりました。
諸団体の活動・提案報告の中で、論点が「劇場がなくなるということは、もっと他の大きな問題を抱えているのでは?」ということに絞られてきました。
新世界アーツパークDance BOXの大谷氏の、「地方自治体の委託を受けてNPO法人が動くという、公設置民営の新しいスタイル。運営に対する助成はなく、自主企画をいかに成功させるかがポイント。その為にアーツマネージメントをしっかりやらなければならない」という発言に続いて、「文化行政の役割は、場所の提供や環境の整備。運営への助成にまでなかなか手が届かない。大阪市は今度、今まで重視されてこなかった文化行政をメインに考え、2001年から2010年までの十年間「芸術文化アクションプラン」を行う」((財)大阪都市協会、芸術創造館館長 乾氏)、「関西野外演劇フェスティバルの第二回が行われ、今後の継続に期待を持っている。無償で場所を提供してくれた大阪市には感謝。関西野外演劇連絡協議会は、当初大阪市の都市再開発計画で扇町公園が表現の場として使えなくなるかもしれない危機に抵抗・対応するために集まった。これは、現在の小劇場閉鎖状況に似ているかもしれない」(関西野外演劇連絡協議会 キタモト氏)等と、様々な視点・方面からの意見があり、<もっと他の大きな問題>の片鱗が見えてきました。
パネラーと参加者の質疑応答のなかで、「劇場がなくなるのはなぜだと思いますか?」という質問には「劇場は儲からない。劇団はホール代が高いと思うだろうが、劇場としてはぎりぎりの値段設定。赤字が出た場合、会社がそれを補う訳だが、不要なものと判断されれば、その劇場は閉鎖せざるを得ない」(アトリエ劇研 杉山氏)、「劇場や稽古場の本来の主役は表現者や観客であるはずだが、実際の主役はお金になっている。そこを変えていくべき。ゆくゆくは表現者が劇場を自己管理し、世間の人々に自分たちの表現を受け入れてもらわなくてはならない。演劇人が表現の場について考えるのは当然のことで、義務であり権利。それなのに今まで皆考えなさ過ぎていた」(鈴江氏)、「現在の状況は、不景気なのと劇場関係者の志が足りないからだ」(南河内万歳一座 内藤氏)、と多様な答えが返りました。
また、大阪のど真ん中に小劇場を取り戻す会の活動に関して、活動方針や「いったい何処にどのような劇場を求めているのか」といった質問の声が上がり、「危機的な状況にあることは知っているし、それを楽観視しているわけでもない。だが、表現者は元気だ、と言いたい。取り戻す会には、これ以上劇場がつぶれないようにしよう、という思いも入っている」(深津氏)という、生の声の返答がなされました。
話は尽きず、幾ら話しても話し足りない中、「OMSや近鉄小劇場の閉鎖が、関西における演劇活動のサクセスストーリーの喪失であり、芝居をやろうという人が減ってしまうのではないかと危惧している」(OMSマネージャー 山納氏)、「OMS閉館は、大阪だけではなく東京でもショッキングで、一概には言えないがやはり重大な問題。OMS文化とも呼べるものを文章化して、具体化し、アピールするべき」(第三エロチカ 川村氏)等と<もっと他の大きな問題>の一端が見えてきたところで、今回の会議は終了となりました。
相手の意見を聞き、理解し、それを排斥することも、それに飲み込まれてしまうこともなく、自分自身の意見を述べるパネラーや参加者の方たちは、まさに「演劇人会議」の場にふさわしく、一人の表現者としてそれぞれに思考しておられるようでした。私たち、演劇に関わる者一人一人が、それぞれの立場や視点を忘れることなく真摯に思考し続けていく限り、絶望には出会わずに済むのではないか。危機的な状況を話し合う静かに白熱した会議の最中、そんな希望を一つ拾い上げました。
●パネリスト
岡本康子(芸術創造館)
杉山準(アトリエ劇研)
松田正隆(大阪のど真ん中に小劇場を取り戻す会呼びかけ人)
鈴江俊郎(京都舞台芸術協会副会長)
蓮行(京都舞台芸術協会幹事)
深津篤史(大阪現代舞台芸術協会会長)
池田祐佳理(大阪現代舞台芸術協会会計)
●司会
小堀純(元「劇の宇宙」編集長)
福島史子(神戸アートビレッジセンター)
●DIVE意見交換会+忘年会●
2002年12月19日(木)
19:00〜
於 芸術創造館3階演劇大
「新劇場獲得のための部会」の立ち上げを報告するとともに、劇場をめぐる周辺状況について意見を出し合おうと、忘年会も兼ねての集まりの場が持たれました。参加者は約40名と盛大とはいえませんでしたが、今後新しく動き出そうとしている場についての情報もあり、劇団関係者にとって興味深い内容でした。
まず、内藤裕敬氏(南河内万歳一座)から。内藤さんの働きかけにより、現在大阪市の遊休施設になっていた大阪城の倉庫が、タタキ場や大道具置き場として4月から有料で開放してもらえるとのこと。1区画50・で劇団関係者に貸し出し予定。総敷地面積が1200・あり、ホールとしての利用も検討中とのお話。詳しく知りたい方は、内藤さんに聞いてみてください。
次に、水道局庁舎の開放中止のお知らせとお詫びがありました(大阪市ゆとりとみどり振興局の山崎茂樹氏と水道局の橋本章氏より)。劇団に事務所としての貸し出しを考えていたが、建物の検査をしてみたところ、老朽化の為、補修工事と賃料の関係から貸すことができないとのこと。
その他の遊休施設もあるそうですが、やはり問題は賃料のようです。
また、銀幕遊学◎レプリカントの佐藤香馨氏から、劇団で劇場を含む複合施設の建設を考えているとの頼もしい報告がありました。十三が有力な候補地だそうです。料金面も含めて多角的に調整中とのこと。どんな劇場を望むかというアンケートも配られました。興味のある方は佐藤さんまで。
この後、青少年会館問題についての現在の状況報告(p.4参照)と、第2回演劇人会議の開催についてのお知らせ(p.1参照)がありました。そして、「大阪のど真ん中に小劇場を取り戻す会」とDIVEの関係について、会計は全く別で、「新劇場獲得のための部会」の動きとリンクして協力関係にあることの説明がなされました。その後、WFの福本さんより、京阪神劇場連絡会の活動についての話も伺えました。 1時間半ほどこれらの議題についての報告がなされた後、缶ビールでの乾杯となり、忘年会へと移りました。新しく加盟された劇団の方や、劇場の方を含めて、今後の劇場のあり方を話しながら、各々にお酒がすすんでいたようです。
年末と忙しい時期であったこともありますが、加盟劇団の方の参加が少なかったことが心残りでもあり、DIVEの活動を広く知らせる必要性を感じさせられた会でもありました。この会での話について、さらに詳しく知りたい方はDIVEの事務所に一度お電話下さい。皆さんの積極的な活動への協力お待ちしております。
●わいわいミーティング報告●
2002年11月20日に国際会議場で行われた『大阪わいわいミーティング〜若手アーティストと語る』という、太田知事に意見提言をする会に、深津会長、岩崎副会長と私(寺田)の三人で出席し「青少年会館問題」に関する発言をすることができました。
昨年、府議会に私が訴えた事と同じような発言をしたところ、知事は「演劇にとって重要な施設だということは十分聞いております。青少年会館の耐久年数は後二十年もつと聞いています」という言葉をもらしました。
このなにげない発言は大変重要な意味を持ちます。
大阪府が「行財政改革案」で提示した青少年会館の存続について検討する(この微妙なニュアンスは廃止反対運動を牽制するために使っています)理由として、数億円の赤字と、施設の老朽化の二つをあげているからです。
この、知事の公式な場での発言により、大阪府が青少年会館を廃止する大義名分の一つが無くなったということになります。たった一言の知事の発言ではありますが、存続運動にとっては重要な一言でした。
青少年会館対策部会長 寺田 夢酔
●劇場にまつわるシンポジウム開催のお知らせ●
〜京都舞台芸術協会より〜
■趣旨
長引く不況のあおりで、民間劇場が閉鎖されたり、税収難から公立劇場ならびに文化施設の予算が削減されるという文化、芸術に携わる私達には厳しい時代がきています。京都舞台芸術協会は市民と舞台芸術をつなぐ「場」である劇場が失われること、または事業が縮小されていく傾向にすこしでもストップをかけ、厳しい実情の中でもその機能を果たせること、「市民」と「舞台芸術の作り手」と「劇場」とがさらに良い関係を作り上げていくことを目的に以下の事業を実施します。
■シンポジウム
テーマ/『劇場がより豊かな場となるために』
会 場/京都芸術センター 大広間
2003年1月27日(月)午後7時から
参加費/制作費カンパ200円
■分科会 より具体的な事項について検証し、その可能性と有意性を検証します。
テーマ/『公立劇場に民間から芸術監督、プロデューサーもしくは、フランチャイズ劇団(ダンスカンパニー)を置く可能性とそのメリットについて』
参加費/制作費カンパ200円
会 場/京都芸術センター 大広間
2003年1月28日(火)午後7時から
●寄稿●
■マジックランプは、大阪市旭区森小路にて2001年12月にスタートしまして、2年目の始まりとなりました。ここまで至れましたのも、日々芸術活動に精進されている皆様と創造活動で協働できた成果と感謝しております。日々業務をさせていただいて思うことは、アーティストの芸術活動をいかに支援していくかということです。民間ホールを取り巻く環境は厳しく、私たちも例外ではありません。芸術文化を支援する社会的な器としての役割と、自立したひとつの経営体の運営という、さまざまな問題をクリヤしなければなりません。だからこそ意識を持って頑張らねばという思いが募った1年目でした。そこで、2年目を迎えるにあたって設立当初からの目的であります、芸術振興・支援事業をより円滑に進めるために、このたび、特定非営利活動法人(NPO法人)劇場マジックランプ(認証申請中)となる運びとなりました。これからも演劇活動や芸術活動の支援を通して、社会と芸術文化との接点となる「場」を生み出し、地域や社会の多くの皆様に貢献できればと考えております。空き日スケジュールやチラシの挟み込みなどお気軽にお問い合わせください。今後とも劇場マジックランプをよろしくお願い申し上げます。 田丸隆生(劇場マジックランプ プロデューサー)
■「現在の京都」
今、京都の演劇状況はどうなのかと聞かれても、はっきり言って僕自身クリアには見えていません。個々の表現者は頑張っていると思うのですが、それが今一つムーブメントに発展して行ってはいないように思う。劇場閉鎖や観客動員の減少という厳しい状況に置かれている中、今が踏ん張り時だと思うんですが、具体的な問題点が絞れないんですね。私たちが舞台芸術をどう捉えているのか、その根本が問われている。そこから始めないことにはどうにもならない状況が私たちを取り巻いているようです。一つの事件で大きく何かが改善されることは到底あり得ないというのが現状ですが、ここでニヒリズムに陥ることが最も良くない。目の前に見えている小さな問題を一つでも解決する努力をすること、もがくこと、その先にしか光は見えないのでしょう。
京都舞台芸術協会はNPO化されて「特定非営利活動法人京都舞台芸術協会」になりました。長い名前が示す通り、営利目的ではなく京都の舞台芸術発展のために活動するぞということです。気長に種を蒔く作業をやって行こうと言い聞かせながら、自分たちを奮い立たせています。
土田英生(特定非営利活動法人 京都舞台芸術協会理事長)
●会員のことば●
■DIVEに期待すること
扇町ミュージアムスクエア(以下OMS)の閉館が着実に近づいてきている。もうすでに一般営業は終了し、
三月十六日の最後の瞬間まで、魅力的な「クロージングイベントシリーズ」が終わるごとにカウントダウンの数字は減り続ける。離任する三年前までの十年あまり、マネージャーとして多くの劇団の仲間と現場をともにした私にとっても、大きな「区切り」であることは言うまでもない。発足当初から事務局がOMS内にあったり、種々の会合の会場にしてもらったり等DIVEとの関わりも浅からぬものがあり、最近のいわゆる関西の演劇環境の後退には「大変やなぁ」とは思う。しかしこんな時にこそDIVEの存在意義が十分に発揮されるのではないか。行政や企業、社会に「表現者の集団」としてアピールし、新たな状況を創り出す。もうすでに新執行部は意欲的に取り組んでいるのはわかるが、まだまだ集団としてのパワーが感じられない。加盟劇団の一人一人がもっと参画意識を持つ、執行部は周囲を巻き込む仕掛けを考え、実行する。こういった双方向の継続的な努力が必要ではないだろうか。
私の愛用している英和辞書の「DIVE」の項には飛び込み・急落の他に「いかがわしい酒場・あやしげなナイトクラブ」という俗語がのっていた。なんとなくパワフルで演劇的なにおいが感じられ、劇団の集合体としてよい名前だと思う。行政や企業と協力しながら、次代の「OMS的なもの」を積極的に自分たちの手で復帰、構築されんことを期待する。
賛助会員 江本雅朗(前OMSマネージャー)
■私達は、女五人の演劇集団です。劇団名の糾〜あざない〜は、史記の『禍福は糾(あざな)える縄のごとし』から由来します。人生の幸、不幸がよりあわされた縄の如く、入れ代わり変化していくように、様々な出会いや経験を通し、私達自身も変化し成長していきたいとの願いが込められています。そして、人の情感が糾うような舞台づくりを目指しています。
伊丹アイホールから巣立ち、大阪を拠点とし活動をしている私達です。もっともっと関西の人たちが芝居を好きになって、もっともっと多くの人に芝居を楽しんでもらえればと思います。そして私達もその一端を担えることを願い、これからDIVEに関わっていきたいと思います。
糾〜あざない〜
大山まゆ
■OMSは「憧れ」でした。ナビもエロチカもNOISEもここで初めて観ました。
で、見よう見まねでエンゲキをはじめて十年。そして、静かになくなっていく劇場。
ある劇団のOMS公演のカーテンコールで、役者たちが去り際に、あの柱に触れていきました。いとおしく触る人、ポンとたたく人、想いをこめる人。涙が出ました。エンゲキが好きな自分自身を再確認出来ました。DIVEに入会します。よろしくお願いします。
鋼鉄猿廻し一座 中村賢司
■旗揚げた当初は思いもよらぬことであったが、一年半弱、作品を作りつづける過程において、またOMS活動停止など、変動する小劇場界にあって、自分も芸術や文化の担い手であることを意識するようになった。社会におけるアナ―キ―を追求することと、芝居を社会化するために努力することは必ずしも相反することではない。むしろ適格たる理解者として、その努力は義務であるともいえる。
小劇場のイロハも分からぬ、若輩劇団ではございますが、ひとつよろしくお願いします。
劇団レトルト内閣 ことぶき
●編集後記●
◆いつの間にか年が明けて、2003年になっています。年をまたぐ仕事は、お正月休みに影響されいろいろと面倒です。自分自身も、お正月らしいことを何もしないとはいえ、だらけた気分になります。けど、もうお正月気分でもいられません。渇を入れなおして本年に望みます。皆様からの会報への”渇”もお待ちしてます。生ぬるさこそが
敵です。
(棚瀬 美幸)
◆毎年、「今年こそは」と思うのですが、何事も果たせずじまいです。しかも年末から年始にかけて風邪を患っていました。おかげで文字通り「寝正月」になってしまい、初詣、猪木祭り、新日本1・4東京ドーム大会に、各種事務作業、全ては後まわしに…。今年も怠惰な自分と付き合っていくことになりそうです。
(奥野 将彰)
◆大人の世界に仲間入り。できたかなあと思いながら、辺りを見回せば、慌てたことがあからさまにわかるような散らかり様。記事原稿って難しい。図面って難しい。地図って難しい。難しいことだらけの第二号でした。次回は余裕綽々で!!!
(森 美幸)
大阪現代舞台芸術協会(DIVE)会報 第二号
発行人
深津篤史
執筆人
寺田夢酔・土田英生・江本雅朗・大山まゆ・
中村賢司・ことぶき
地図作製 谷口アキロウ
編集人
棚瀬美幸・奥野将彰・森美幸
二〇〇三年一月一日
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